『お正月』













 リビングに敷かれたラグの上に置かれたテーブルを挟み、3人は綺麗に正座して向き合っていた。テレビのカウントがゼロを指し示す。途端に画面からは一斉の花火が映し出され、賑やかな様子をアナウンサーが伝え始めた。
 年を跨いだカウントダウンは、特区に設立された神社から中継されていた。
 ホゥ、と小さく息を吐いたナナリーをルルーシュとスザクは笑みを浮かべて見つめる。


「…明けましておめでとうございます、お兄様、スザクさん。」

「明けましておめでとう、ナナリー。」

「今年も宜しく、ナナリー。」


 3人が3人とも、楽しそうに顔を綻ばせて口々に寿ぎを口に乗せた。


「…僕らも初詣に行けたら良かったんだけど。」


 ゴメンネとスザクはナナリーの手を握って呟く。
 フジ地域に設立された行政特区に行くには、もっと早くに租界を出ていなければ間に合わない。出来れば二人はナナリーを初詣に連れて行ってやりたかったが、如何せん仕事に追われて夕方に戻ってくるだけで精一杯だった。


「いいえスザクさん。私は、こうして3人で年越しをすごせるだけで十分です。お兄様とスザクさんと3人で、居られるだけで良いんですよ。」


 それに、お仕事なんですから、と。
 微笑むナナリーにスザクは見えないとわかっていても苦笑するしかない。


「…まぁ、その仕事の内容も特区の年越し行事に関ることなんだがな……。」


 苦虫を噛み潰した表情でルルーシュが呟く。その声色で彼の心情を読んだのだろう、ナナリーは首を竦めて諌める様に呟く。


「お兄様、それはもう納得したと仰ったじゃないですか。」

「判ってるよナナリー。もう言わないさ。」

「もう…っっ」


 怒った様に頬を染めるナナリーに、ルルーシュはゴメンと仕切りに言葉を掛ける。その様子を見ながらスザクは微笑んでいた。


「スザクさんも、何か言って下さい!」

「えぇ、僕も?」


 矛先が向かってきてどうしようかと思うが、それすらも楽しくて。
 ルルーシュと二人でナナリーのご機嫌を取ると、スザクは暖かいお茶を準備する為に台所に立った。
 ルルーシュは座り込んでいるナナリーの膝にブランケットを掛けてやる。


「…夜明けまで起きていられるかい?」


 心配そうにナナリーの顔を覗き込んで、ルルーシュは呟いた。それにナナリーはにこやかに笑って答える。


「大丈夫です、今年は3人で初日の出を見るって約束を叶えたいんです。」


 昔々、出会った頃の約束。
 まだ幼かった3人でした約束は、ナナリーが寝てしまった事で果たせていなかった。ルルーシュとスザクは二人で枢木神社から拝んでいたのだが。
 それを覚えていたナナリーは、行政特区が設立してからすぐ、スザクにせがんでいたのだ。


「でも、よく覚えてたねナナリー。」


 キッチンからカップを手に戻ったスザクが、二人の前にカップを置くと自分の分に口を付けながら呟いた。
 その声に、ナナリーは自分のカップを両手で持ち息を吹きかけながら、隣で座りかけていたスザクを見上げる。


「だって、すっごく悔しかったんですよ。お兄様もスザクさんも起きていられたのに、私だけ眠ってしまって。いつも3人で一緒にいたのに、あの時だけは私だけ除け者になってしまったんですもの。もう絶対に、次は夜更かしするって決めてたんです。お兄様になんと言われてもこれだけは譲れないんです!」

「何も言わないよナナリー。」


 ナナリーの声にルルーシュは笑いながら答えた。確かに今までは過保護過ぎて様々な制限をしていた様にも思えるから尚更だ。特に3人で向かえる時間を心待ちにしていた妹に、スザクに。
 また3人で笑って過ごせる時間が出来たのだと、心から喜んで欲しくて。
 実際問題、ルルーシュの仕事は夕方までに終らせられる様な量ではなかったのだが、其処は気力で乗り越えていた。他に回せる分は他に回して、とにかく3人過ごす時間を一番に優先したのだ。
 それはスザクも同じで、スザクに至っては終わらぬ仕事を上司に擦り付けていた。恨みがましい声を背中に、走り去るスザクに追いつける者がいない事を好しとしてスザクは帰路に付いたのだ。

 因みに後から発覚したその内容に、二人はナナリーから大目玉を食らう事になる。重要決裁までも他人任せにしていたからだ。

 ともあれ3人は今、自分たちの自宅のリビングで日の出を待っている。
 朝日が昇る時間にはスザクがナナリーを抱え、少し先のアッシュフォード学園の屋上に侵入する手筈になっている。話しておけば無断侵入することもないのだが、ルルーシュは自分が書き換えたセキュリティだから必要はないと、その手間を省いていた。とりあえず何かあってもナナリーはスザクが抱えているから何とかなるのだろう。
 屋上から飛び降りてもスザクなら何とかするだろうとは、ルルーシュの談だ。その腕の中にナナリーが居たとしてもスザクなら無事に守りきると確信しているのだろう。

 暖かいお茶を飲む音がリビングに響く。


「ナナリー、今年はどんな一年にしたい?」


 スザクの声に、ナナリーは少しだけ首を傾げると小さく笑った。


「今年は…私、目が見えるように。なりたいと思っているんです。」


 それは思ったよりも確りとした声で。二人は何を言われたのかを把握するのに少しだけ時間がかかった。
 何も発しない二人に、それでもナナリーは言葉を続ける。


「スザクさん、この眼は…本当は見えるのですって。でも…私が自分で閉ざしているだけなんです。怖い事から眼を背けて、見ない振りをしていたくて。だから…もう、そんな事は止めにしたいんです。」

「ナナリー……。」

「だからねスザクさん、私の目が見える様になったらすぐに来て下さいね。私、一番にお兄様とスザクさんのお顔が見たいんです。大きくなったお兄様と、初めて見るスザクさんのお顔。ずっと、見たいと思っていたんです。」


 伸ばされた手に指を絡めれば、そっと握り締めてそう呟くナナリーに。スザクは応える様にギュウと握り返してから優しく囁いた。


「当たり前だよナナリー。ナナリーの事なら、何があっても飛んで来るから。僕も、君の目が開いた時一番に傍に居たい。ナナリーの瞳の色はどんな色なんだろうって、思ってたよ。」


 その声に、嬉しそうに表情を綻ばせてナナリーは頷く。


「…ナナリーの瞳の色は、俺よりも青みが強いんだ。菫色に近いかな?」

「そうなんだ?」

「お母様の瞳が蒼なんです。だから私は、お母様の瞳の色が強く出たんじゃないかって。昔、お兄様と一緒じゃないのが嫌だって泣いた時、お兄様はそう言って慰めてくれましたよね。」

「ナナリーがあんまり駄々を捏ねるから…。」


 思い出したのか、クスクスと笑いながらルルーシュは呟いた。


「泣いて怒って、そこら中の花瓶とかテーブルとか倒して回って、手が付けられなくって…っっ」

「ナナリー、そんな事してたの?」


 余りに面白そうに笑うルルーシュに、スザクは笑みを零しながらナナリーへ問いかける。自然に二人の間から出てきた単語に、少しだけ緊張させた身体を緩めながら。


「お兄様っっ!そんな昔のこと、スザクさんに言わなくても良いじゃないですか!」

「…っだって、あの時は本当に……凄くお転婆で。ユフィなんて大人しく見える位で…っ」

「お兄様!!」


 ナナリーは頬を赤く染めてルルーシュへと声を荒らげる。けれどその様子が余りに微笑ましくて、スザクもルルーシュもただ笑うだけだ。


「もう…っ、お兄様!お兄様には何もしてあげませんからね!」


 恥ずかしそうに頬を染め、ギュウと膝で拳を握り締めて。ナナリーはルルーシュにそう宣言する。


「朝の挨拶も、お出迎えも何もしません!もう、スザクさんにしかしませんから!!」


 けれどその内容が、きっと続かない事はスザクにもルルーシュにも、そしてナナリー自身にも判りきっていたことだったから。
 ルルーシュは笑いを堪えて、ナナリーの頭を優しく撫で付けた。


「…ゴメンよナナリー、機嫌直して?」

「知りません!お兄様の意地悪!!」

「大丈夫だよナナリー、お転婆なナナリーも可愛いよ?」

「スザクさん!!」


 ナナリーの両脇に位置取り、両手を握りながらそう囁いてもナナリーの興奮は冷めようがない。
 それでも。
 絶対に『嫌い』と口に出せないナナリーに、二人はそれを判っていて微笑む。
 悔しそうに頬を染め唇を噛み締めて、癇癪を起こす小さな身体を。
 そっと抱きしめて、ルルーシュもスザクも小さな背中をポンポンと優しく宥めるように叩く。


「もう……もうっ!お二人とも、ズルイです!」


 そう呟いたナナリーの頬が、小さく膨らんでいるのを見止めて。
 幸せそうに、蕩けそうに。
 スザクとルルーシュの表情が緩んだのを、ナナリーは気配で悟って。
 それでも、仕方が無いとばかりに微笑む。
 コツリと小さな振動を響かせて、三人額を合わせてスザクとルルーシュは瞳を閉じた。


「「愛してるよナナリー。」」


 二人の声が重なり、握られた掌の力がキュウと込められる。


「私も、愛してます。」


 だから、大丈夫。
 そう囁くナナリーの声に、二人は同時に瞳を開けた。至近距離で視線を交わし、スザクもルルーシュも幸せそうに笑う。


「…甘いもの、食べたくない?」


 何か急に食べたくなっちゃった、と。額を合わせたまま、唐突にスザクが呟けば。


「お前は……、ぜんざいなら出来るぞ。餡子もあるし、確か咲世子さんが白玉粉も買っておいてくれた筈…。」


 一応の文句も言いつつ、ルルーシュは視線を上げて常備している食材を思い出す。


「ナナリー、食べる?」

「ハイ、スザクさん。ぜんざいって、餡子の中に小さなお団子が入ってるんですよね?」

「そうそう。甘くて柔らかくて美味しいよ。」

「……作るのは俺なんだが?」


 楽しそうに話を進めるスザクとナナリーを横目に、ジロリとルルーシュの視線が鋭くなる。


「白玉は僕が作るからさ。ナナリー、少しだけ待ってて。すぐに作ってくるから!」

「ハイ、スザクさん。楽しみです!」


 勝手に話を進める二人に、ルルーシュは僅かに肩を落としてから立ち上がった。その後を追うようにスザクも立ち上がる。
 それでも。




 繋いだ掌だけは、名残惜しげに指先が離れるまで力の込められたままだったから。




 二人の姿がキッチンに消えてからも、ナナリーは幸せそうに微笑んでいた。
 見えない瞼の上に、朝日が射し込むのを心待ちにしながら。











2009/02/08


一ヶ月もお正月は過ぎましたが、漸く更新。
なんか、幼少スザルルナナは原作で一年近くも一緒に過ごしていたと思ってたんですが、どうなんでしょうか。
とりあえずそんな感じで書きましたけども、実際問題この三人がすごしたのは一体何日間どの季節をともに過ごしたのか誰か時系列で書き起こしてくれないかな!!!!!
いやホントに。

間違い設定は普通にスルーしてやって下さい。