行政特区成立前のお話です。
スザルルナナが落ち着くまでのいざこざ。スザクさんが本性丸出しです(笑)メッキが剥がれた瞬間の騒動。






アナザーワールド 6

















 バシンッ、と乾いた音が室内に響き渡る。
 一人は腕を振り下ろしたままの格好で、一人は頬を張られ顔を横向けたまま。
 他数名の人物がいるというのにも関わらず、二人はそのままジッと互いを見つめ微動だにしなかった。


「スザク君、あの……」


 初めて見る表情を浮かべて目の前の人物を睨み付けているスザクに、セシルがどうしたのかと声をかける。けれどその声はスザクには届いていなかった。


「…どうしてだ」


 唸り声のような呟きに、ビクリと身体を揺らした人間がいる。けれどそのことは、一身にルルーシュを睨み付けるスザクには判らない。


「どうしてお前がゼロなんだ、ルルーシュ!!」


 ガラリと口調の変わったスザクに、その態度に。それまでの礼儀正しい姿しか知らないブリタニア勢は瞳を瞠った。
 けれど、目の前に立つルルーシュはその変貌を気にすることなく口を開く。


「どうしてだと?なら同じことをお前に言おうか。どうしてお前がランスロットに乗っている?技術部だから危ない事はないというのは嘘だったのか?お前は俺とナナリーに対して偽りを口にしていたのか」

「偽っていたのはお前も一緒じゃないか!!」

「同じだと言うのなら、どちらが先だ?少なくともお前は、俺がゼロとして活動するよりも前にランスロットに乗っていただろう?あの、シンジュクで再会した後すぐに、だな?」


 そういえば、と。ルルーシュは口元に滲んだ血液を手の甲で拭いながら、鋭い視線をスザクに向ける。


「目の前でお前が銃に撃たれ死んでいく姿を見せられた俺の気持ちがお前に判るのか?あの混乱した状況で、再会したかと思ったら喜ぶ前にお前は銃に撃たれた。あの時の絶望をお前に理解しろと言うのが不可能か?力を手に入れたのはあの直後だ。お前が倒れ動かなくなったのを見た、あの瞬間に俺は決めた…力を、ギアスを受け入れることを」


 理不尽に俺から全てを奪い取る世界が憎かった。だから。
 そう悠然と言い放つルルーシュに、スザクは表情を歪めた。


「…っ、どちらが先かだなんて問題じゃない!お前は俺に嘘を吐いた!!何度も言った筈だ、ナナリーの為にも危ない事には手を出すんじゃないと!なのにお前は…っっ、ゼロだった!!俺の敵になってた!!」


 吐き捨てる声からは、怒りの感情しか受け取れない。初めてみるその様子に、誰もが口を挟めなかった。


「お前だけは俺を受け入れてくれて、お前だけが俺を信用してくれた。だから俺がお前を…お前達を護ると誓ったんだ!なのにお前は俺の信頼を嘲笑ってた!俺に嘘を吐いて俺に黙っていて俺を裏切った!!お前だけが俺の唯一の味方だったのに、そのお前が俺の敵に回っていた!」


 ギリギリと握り締めるスザクの拳から、一筋だけ赤い滴が垂れる。それに僅かにルルーシュは眉を寄せるが、ルルーシュの小さな変化を見てもスザクの感情の昂ぶりは止まらない。


「どうしてゼロになんてなったんだ!!」


 その言葉に、ルルーシュは一瞬で表情を無くした。そうしてから、ポツリと呟く。


「…ならどうしてお前は、再会した時俺を庇って撃たれた。あの場面で、お前がそんな事をしたら残った俺も同じ運命だとは思わなかったのか。どうせ死ぬ運命なら、あの場で死なせてくれた方が良かったのかもしれないんだぞ」

「っっ!」


 小さく息を呑むスザクの顔を、無表情のままルルーシュは見つめ返した。


「考えもしなかったか、死にたがりのスザク。お前は誰かの為に死ねれば良かった。それが偶々、あの時再会した俺だったんだろう?後先考えない癖はどうにかした方が良い」


 その声に、スザクは悔しそうにギリと歯を食い縛った。


「どうしてゼロになったかだと?ナナリーの為だ。ナナリーが生きていく世界を造る為だ。弱者が強者に虐げられる事が是とされる世界など要らない。そんな優しくない世界など無意味だ。だから世界を変える為に、ゼロになった。…これで満足か?」


 ルルーシュの言葉に、スザクは絞り出す様に声を発する。


「お前はそうやって、ナナリーを言い訳にするつもりか!!」

「…何だと?」

「だってそうだろう!お前はいつだってナナリーの為にって言葉を口にして!それを聞かされるナナリーの気持ちを考えたことがあるのか!」

「……っ、」

「お前の行動の全てが自分の為に成された事だと、ナナリーは責任を感じるだろう!それがどれだけ残酷な事か判っているのか!?」

「…な…っっ、なぜナナリーが責任を感じる必要がある!これは全て俺の責任で、俺が選んだ結果だ!!」


 そう叫ぶルルーシュの表情は、一変して怒りを浮かべている。目の前のスザクを睨みつけるその瞳は、燃える様に色濃い。


「ナナリーを護らなければならない、死ぬわけにはいかない。でも俺が一生そうしてナナリーを護っていく事なんて出来ないんだと、お前が撃たれ倒れた時に理解したんだ。ならナナリーが生きていける世界に、造り返れば良い!そうすれば、もし俺が死んだとしてもナナリーは怯えることなく生きていける!!ナナリーが幸せになれるのなら、俺はどれだけ汚れても構わないんだ!!ナナリーの為に生きていくと決めたのだから!!」

「だからって、ゼロになったお前の行動の罪をナナリーに擦り付けるのか!!」

「そんなことは望んでない!!ナナリーには関係のない事だ!!罪を擦り付けているのはお前だろう!!」

「なんだって!?」


 尚もスザクが声を張り上げようとした瞬間。
 背後から、別の悲痛な声が空間を引き裂く様に響き渡った。


「止めて下さい!!」


 その声色に。室内にいた人間は皆、息を呑んで声の発せられた方を振り返った。
 その動きに、ルルーシュもスザクも漸く周囲の人間たちを見渡す事になる。
 水を打ったように静かになった空間で、二人はゆっくりと周囲に視線を向けてから、最後に自分達の後ろにいた少女に視線を向ける。


「ナナリー…?」

「…ナナリー、」


 互いに、ただ名前を呼ぶとこしか出来なかった。
 閉ざされた少女の両方の目蓋から溢れ出す滴の正体を、激高した感情の占めた脳内が答えを弾き出すまでに時間がかかって。
 戦慄く唇が小さな言葉を紡ぎだすまで、二人は呆然と少女を見つめたまま立ち尽くしていた。


「…お兄様、私は…私はそんな事は望んでいません。私は……ただお兄様が居てくれればそれで良かった。そこがどんなに辛い場所でも、お兄様がいるならそれだけで良いんです。お兄様がいて…そして、そんなお兄様を護ってくださるスザクさんが傍にいてくれたら。お二人が私の傍にいてくれる事だけが、私の望みなんです!」


 なのにどうして。
 小さく呟いて、ナナリーが俯く。
 震える声が辺りに響く時には、その声は既に泣き声に変わっていた。


「どうして…二人が敵対してるんですか?どうしていがみ合ってるんですか。……どうして、どうして!!」


 お願いですから、もう止めて下さい。
小さく啜り泣く声で囁かれて、漸く二人は自分達の行動を振り返り顔色を無くした。言葉もなく、呆然とナナリーを見つめ続けている。
 そんな二人に、カタンと小さな音を立てて椅子から立ち上がった人物が静かに近寄った。


「スザクくぅ〜ん、少し落ち着こうかぁ?」


 そう言って、立ち尽くすスザクの頭をポンと撫で付ける。


「女の子を泣かせるなんて駄目だよぉ?君の気持ちも判らなくもないけどね、男としては最低だよぉ、君」


 目の前で喧嘩したら、怖くなって泣いてしまっても無理はないよ?


「……ロ、イド…さん…」

「ゼロ、君もね?」


 そう言って、スザクの肩越しにロイドはルルーシュに視線を向けた。


「大切な妹さんの前で、そんなに怖い声出さないの」


 聞いたでしょ?と。宥める様に呟く。


「スザク君と君の事が大切だって言ってる彼女の前で、その当事者が喧嘩したら泣きたくもなるでしょ。しかも自分の名前まで出てきて、その所為で喧嘩してるとなったら彼女じゃなくても辛くて仕方ないよ?」

「あ……、」


 そう言われ、漸くルルーシュもスザクも事の次第を把握したのだろう。
 顔色を一変させて、ナナリーへと走り寄ろうとした瞬間。空間を引き裂く様に鋭い声が響いた。


「来ないで下さい!!」


 それは盲目であるが故に気配で察したナナリーが発する、拒絶の声だった。


「…近寄らないで下さい、お兄様もスザクさんも。…私、今酷い顔をしています……お二人に酷い言葉を投げてしまいそうなんです。だから、近づかないで…来ないで下さい」

「ナ…ナナリー…?」


 顔を両手で覆い俯きながら、それでもしっかりとそう言い切ったナナリーに。ルルーシュはヨロリと後ずさった。
 スザクもまた、愕然とした表情で立ち尽くしている。


「ナナリー……っっ」


 嘘だろう、という表情でスザクもルルーシュもナナリーを見つめている。


「どなたか…お願いします、私を部屋の外へ…」


 小さな啜り泣きの合間に紡がれた声は、本当に細くて辛そうで。それを聞いたカレンが、慌ててナナリーへと走りよった。


「ナナリーちゃん……、大丈夫?」

「…カレンさん、ですか?」


 呼びかける声に、ナナリーは僅かに掌を除けた。涙に濡れた瞼に、カレンは眉根を寄せて俯いてしまう。


「…申しわけありませんが、彼女を他の部屋に案内して頂けないでしょうか?」


 其処に、それまでスザクとルルーシュの喧騒に呆気に取られていたユーフェミアの声が響いた。


「ナナリー、後で私も行きますわ。だから…ね?」


 労わる優しい声に、ナナリーは返事を出さずに頷いた。
 ユーフェミアとカレンの視線が交わり、互いに頷くとカレンは車椅子を押して会議室を出て行く。


「っ、ナナリー!」

「ナナリー、待って!!」


 ルルーシュとスザクが、離れていくナナリーの後姿にそう声を投げかける。けれど返事は返って来なかった。
 扉の閉まる音が響くと同時に、ルルーシュはその場に崩れ落ちて膝をつき、スザクはよろめいて後ろのテーブルに手を付いた。


「嘘だ…ナナリーが、ナナリーが俺を…拒絶するなんて…っ」

「…そんな……ナナリーが…、返事をしない……」


 茫然自失の風体で呟くルルーシュとスザクに、静かな、けれど断罪するかのように強い口調の声が掛けられる。


「…ゼロ、スザク。二人とも、頭を冷やす必要がありそうですわね」


 硬い声色は、常の彼女の声では無かった。そのことに気付いた周囲の人間は、僅かに肩を竦ませ声の主であるユーフェミアを見遣る。


「今日はこれまでに致しましょう。会議の続きは、明日にします」


 申し訳ありませんが、とユーフェミアは黒の騎士団側に視線を向けて瞳を伏せた。
 それに対して異論を唱える者はどちらにも居なかった。


「では、解散致しましょう。明日、同じ時間にまた此処で」


 ユーフェミアの声に全員が席を立つ。
 藤堂や扇がルルーシュの肩を支え立ち上がらせるが、愕然としたままのルルーシュにその声は届いていない。同様にスザクもまたセシルの声も聞こえていないようだった。
 そんな二人のところに、ユーフェミアは静かに歩み寄った。


「…ユーフェミア様」


 セシルが脇に避けて道を空ける。そのままユーフェミアは二人の前に立った。
 そうして。
 辺りに、パン、パンと乾いた音が二つ響き渡る。
 セシルや藤堂たちは驚きに目を見張った。


「ゼロ…いえルルーシュ、スザク。どうしてナナリーがあんなに悲しんでいたのか判らないのならば、貴方達にナナリーの傍にいる資格はありません」


 厳しい視線を二人に投げかけて、ユーフェミアは赤くなった自身の掌を擦る。


「彼女は私が預かります。彼女が許すまで、貴方達に会わせることも致しません。頭を冷やして、彼女が言った言葉の意味を良く理解して頂戴」


 その声に、二人は呆然としたままで漸くユーフェミアに視線を合わせた。


「ルルーシュ、幾ら貴方であってもナナリーを傷付けることは許せません。スザク、貴方もです。他人に対して常に笑みを浮かべていたナナリーが、それすら出来ない位に傷付いた理由を、意味を。気がつかないのならば、それまでです」


 貴方達には任せられません。
 そう呟いて、ユーフェミアの瞳は二人を見上げた。強い眼光は、ルルーシュやコーネリアも引けを取らない。血筋かと、周囲の人間はユーフェミアへの見解を改める。
 そんな中、小さく呟かれた声は二人の意識を現実へと引き戻すには十分で。


「…判っているのですか、二人とも?」


 真っ直ぐに射抜かれるかの様な視線に、目を逸らしてしまいたい衝動に二人は僅かに身体を揺らした。そうして彼女から齎された言葉に、息を呑む。


「私も、怒っているのですよ!!」


 拳を握り締め叫ぶ様に吐き捨てた言葉の威力は、ルルーシュとスザクを打ちのめすには十分だった。









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