唯一遺された願い
「ねぇ、スザクさん。」
鈴の音色の様な声が部屋に響く。
総督府に設けられた私室で、少女は政務時に比べれば心持ち明るい表情でスザクを見上げてきた。
「…私に、戦争の事は判らないとお思いですか?」
次の瞬間、その薄紅の唇から零れ落ちた言葉は凛とした嫋やかさを纏っていたけれど。
「ナナリー?」
「知っているんですよ? 皆さんが会議をしている間、私に声が掛からないこと。」
私に、当たり障りのない書類上の決議しか回って来ていない事も。
そう言って、少女は見上げた表情を崩すことなく、声色だけでスザクを責めた。
優しく微笑む表情は何時もの彼女のモノだ。けれど声色だけはそれを裏切っていて、スザクは小さく息を呑む。
「…スザクさんは知らないんです、本当の私の事。」
ポツリと零された声に、哀しそうに声色に。どうしたのかと首を傾げる。
「ナナリーの、ことを?」
どういう意味かと、そう言外に含ませて呟けば、少女はギュウと両手を握り締めた。
「えぇ、本当の私の姿。知らないんです。だって私、変わってしまってから日本に来ましたから。不自由な身体になってから貴方に会ったから。だから私、お兄様にもスザクさんにも嫌われないように我侭を言わなくなったんです。」
負担になるのだけは嫌だったのだと。少女は見上げる首を小さく傾げて笑う。
「…ナナリーの我侭なんて、ルルーシュも僕も少しも負担に思わないよ。」
膝を付き、車椅子の足元へと身を寄せて少女の掌を握れば、自然と少女は見上げていた顔をゆっくりと降ろし、真正面で向き合う。
「でもスザクさん。私、昔お兄様の姿が見えないだけで癇癪を起こして、暴れたりしていたんですよ?」
「だってソレは、ナナリーがルルーシュを好きで仕方なかったからだろう?」
「わざと困らせるような事を言って、姿を眩ませたり。」
「ルルーシュが困った顔をするのが嬉しかったんだね?」
「ユフィお姉さまと、お兄様の取り合いをして泣かせてしまったり。」
「自分だけを見て欲しかったんだ?」
次々と上げられる過去のナナリーの行動に、スザクは幼い頃の二人の姿を想像して笑みを浮かべた。
「……チェスをするお兄様に、相手のキングが欲しいと強請ったり。」
それは静かな声だった。
少女の表情に笑みはなく、様子を伺うようにスザクを見つめている。
「…それは、」
一度、言葉を区切って。スザクは確認するように囁いた。
「ルルーシュの勝利が欲しかった? それとも…」
「相手の首が欲しかったんです。ただ、単純に。」
慎重に言葉を選ぶスザクとは対照に、ナナリーはキッパリと吐き捨てた。
「それが勝利を意味するかとか、子供だった私は考えていませんでした。相手の首級が欲しかった。それを手に入れたかった…。手に入れたからどうするという事もありませんでした。ただ、欲しかっただけなんです。」
聡明なお兄様は。
そう呟いて、少女は窓の方向を見上げた。
「位の低い私たちの身分というものを、良く理解していたのです。けれど私の我侭を聞いたばかりに、その能力に目を付けられ、他の皇族達から疎まれ始めました。」
少女が求めたもの。それは、強さだけを求めるブリタニアという国の真髄にも等しいのではないか。
「私たちが不必要なものと判断され日本に送られる事になった全ての原因は、私なのですよスザクさん。」
どれだけ、私が愚かで我侭な人間か判りますか?
少女は窓の外に顔を向けたまま呟く。
「私に戦争の事など判らないなどと、見くびらないで下さい。」
その表情は、何の感情も浮かべてはいない。内心を伺う事も出来ずに、ただスザクはナナリーを見つめていた。
「私が誰の妹か、誰の子供か。スザクさんならお解りでしょう? 私は閃光のマリアンヌの娘にして、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの血を分けた只一人の妹。」
真綿で包まれた世界でも、外の情況を把握する事は出来るのです。
そう事も無げに呟いて、少女はスザクに視線を戻した。
「お兄様の作られた戦略が破られた事が、ありましたかスザクさん?」
それはきっと。学園での事を言っているのだと判って、スザクは緩く首を振る。髪の毛の揺れる音で、少女にも伝わった筈だ。
「お兄様程の戦略を立てようなどとは思いません。」
けれど、と少女はジッとスザクを見つめた。
「戦況を聞き、的確な戦術を立てる事なら、少しくらいは出来ると思います。学園でも、シュミレーションによって戦略を立てる実習があったのを、覚えていますか?」
ほんの少しの間だった学園生活で、スザクが登校出来た日はその半分にも満たない。けれど、普通の学園のはずが、士官学校のような実習が時々あったのを思い出す。
「学園を運営する都合上、そのようなカリキュラムを組まなければ認可が降りなかったそうです。ミレイさんは仕切りに私達に謝っておりましたから。」
「…ナナリーも、受けたのかい?」
「えぇ、それなりの成績を出せましたよ?」
だから。
「判らないだろうと勝手に判断するのは止めてください。」
行政特区を再建すると決めた。その決意の裏に、どれ程の覚悟を決めたと思っているだろうか。
少女はその思いを告げる事はしない。けれど、折に触れ伝えなければスザクは理解してくれないだろうとも知っている。
「私をお飾りにするのは構いません。けれど、私に何も聞かせずに判断するのはおやめ下さい。スザクさん、貴方が手にした大きな剣は、私のモノでもあるのだと判っていますか?」
それは少女が皇族に復帰した、第一の理由。
そうしてその柄を、彼女はスザクに手渡したのだ。
「私は愚かで我侭な人間です。たった一つの想いの為に身に余る権力を手にして、それを使い切れてもいない。それでも……私は。」
本国の、隠匿された部屋の中で小さく告げてきた少女の姿を思い出して、スザクは少女の掌を両手でしっかりと握り締める。
「スザクさん、貴方一人に罪を負わせるつもりは無いのです。戦いで人が死んだのなら、その責任は総督である私にある。指揮をとる貴方一人が負うべきものではありません。」
責任をとる覚悟は既にこの胸の中に。
そう毅然と少女は呟いて、スザクに向かい身を乗り出す。
「お願いですスザクさん。私には、隠さないで下さい。私を…遠ざけないで下さい、お願いです…。」
握り締められた掌を、自らの額に押し付けて。祈る様に言葉を口にする。
縋る様に紡がれる声に、スザクは自分の浅はかさを呪った。
「…ゴメン、ナナリー。」
少女が何を言いたいのか。それを判っていながら、蔑ろにしてしまった事に今更ながら後悔が募る。
一緒に、と。ただそれだけを言うために、ナナリーは目の前にいる。
あぁ、それでも。
この優しく清らかな少女に、血生臭い戦略など立てさせられないとスザクは思うのだ。
スザナナは願いの協同体なのです。
たった一つの想いの為に、動いてる。それが何なのか判らないままのスザクは、もう本能でしか動いてない。
ナナリーは汚いものも綺麗なものも分かってて微笑んでいて欲しいなと思います。
そこから隔離しようとするのはスザクの酷い願望です。
ナナリーの手はお母さんが死んだ時に既に血にまみれてる。それをナナリから突きつけられたらスザクはどうするのか、というのも書きたい…。今回は入れられなかったですが。
本当に、R2のナナリーは強いと思うのですが、本編でそれを描いてくれないのでこうして妄想です。ウス。
ルルーシュの為だけの運命共同体でも良いじゃないか!!!(机を殴打)
そんなスザナナでイイじゃないか!!!
と言いたいお話でした・・・・・・。
2008/07/05