アナザーワールド6
カシャカシャと手際よくボウルの中の卵白を泡立てるスザクの隣で、ルルーシュはジッとその手元を覗き込んでいた。
あっという間に真っ白く肌理細やかに泡立っていくのを呆然と見つめて、感嘆とも言えるため息を漏らす。
「何、ルルーシュ。」
その吐息を聞きとめたスザクがそう問いかけるが、ルルーシュはただ首を振るばかりだ。
「どうかしましたか、お兄様?」
その隣で、湯煎にかけたボウルをかき混ぜているナナリーが顔を上げる。
「どうもしないよナナリー。」
そういいながらルルーシュは、確認するように手元を止めたスザクの持つボウルの中にグラニュー糖を加えた。訝しげにしながらも、スザクはそのまま腕を動かして泡立てる。
苦も無くメレンゲを作り上げていくスザクに、ルルーシュは信じられないと思ったが。とりあえずその事は悔しいので口にしないでおいた。
湯煎で溶かしたチョコバターを冷ましながら、ナナリーはその間に卵黄と砂糖を泡だて器で泡立てる。
「お兄様、白っぽくなりましたか?」
ボウルを抱えて泡だて器を動かしつつ問いかけられて、十分に白に近づきつつある事を教えれば次の指示が飛ぶ。
「それじゃあ、このボウルを湯煎にかけて人肌に温めてから、チョコバターを加えて頂けますか?」
「判ったよナナリー。」
少し待っててと囁いて、ナナリーからボウルを受け取るとルルーシュはコンロの前に移動する。
卵黄のボウルを湯煎にかけて人肌まで暖めると、冷ましておいたチョコバターを加えてナナリーの膝へと戻す。
「ありがとうございます、お兄様。」
ゆっくりとナナリーは泡だて器で掻き混ぜていく。
完全に混ざった事を伝えれば、次には合わせて振るっておいた粉類を入れるように頼まれる。ゆっくりと動く泡だて器の動きを邪魔しないように、ルルーシュは少しずつナナリーの持つボウルへと粉を加えていく。
「お兄様、どうですか?」
「まだ全部入ってないよナナリー。それにもう少し混ぜないといけないかな。」
「メレンゲ出来たよ。」
スザクが持つボウルの中で、綺麗に角の立った状態のメレンゲが完成されていた。時間にすればルルーシュがやるよりも遥かに短時間でこなしてしまっている。そのことにルルーシュは少しばかり悔しさが募るが、今は忘れることにした。
粉を混ぜ終わったナナリーのボウルに、ルルーシュはゴムべらでメレンゲを加えてナナリーへ手渡す。
そうすればナナリーは手馴れた様子で切って混ぜるようにサクサクと中身を混ぜていく。
目が見えなくても感覚で覚えているのだ。
「ナナリー、オーブンの準備も終わったよ。」
余熱をさせたオーブンの準備はスザクの仕事だ。ほんのりと暖かさを伝えてくる空気に、ナナリーもルルーシュも僅かに頬を緩ませた。
「お兄様、型に流し込んでもらえますか?」
中身を綺麗に混ぜ終わり、ナナリーがそう言いながらボウルを手渡してくる。ルルーシュはそれを持って、カウンターに置かれたままに型に生地を流し込む。
「流し終わったら、少しだけトントンして生地を落ち着かせて下さい。」
言われたとおりに、型を持ち上げ少しの高さから数回カウンターに落として生地を慣らす。その音を聞いて、ナナリーは安心したように吐息を漏らした。
「スザクさん、200℃で15分です。その後は、160℃に落として35分焼いて下さい。」
それで焼き上がりです。
そう呟いて、ナナリーは笑う。
「判った、200℃だねナナリー。」
「ハイ、お願いします。」
ルルーシュから手渡された型を鉄板に乗せて、最新の注意を払ってスザクは鉄板をオーブンの中へと差し込む。扉を閉めたら温度の調節をし、ピピと電子音が鳴ったのを確認してスタートボタンを押した。
途端にオーブンが動き出した音が響いて、ナナリーが呟く。
「手伝って頂いてスミマセン。」
その声に、洗い物を始めていたルルーシュとオーブンを覗き込んでいたスザクはナナリーを振り返り笑った。
「平気だよナナリー。」
「気にしないで、ナナリー。」
優しい二人の声に、ナナリーも微笑む。
そんな優しい時間が続くと、三人ともが思っていた。永遠なんて無いのはわかっているが、それでも。こうして三人で暮らす時間が続くと、思っていたのだ。
リビングで電話のコール音が響く。
「僕が出るよ。」
スザクがキッチンを横切りリビングへと歩いていく。その気配を見えない視線で追って、それでもナナリーは確信していた。
漸く取り戻した三人の世界は揺るがないと。
スザクとルルーシュが、政庁に呼び出されるまでは。
総督室の中、ルルーシュの乾いた声が漏れる。
「え…………」
それだけしか言えなかった。
口をついて出た言葉は、現実を受け入れることを拒否している。
「すまない……。」
視線を伏せ、悲痛そうに表情を歪ませてコーネリアは告げた。
「枢木に、本国への出頭命令が来ている。呼び出したのは……皇帝陛下、だ。これは誰にも背くことは出来ない…。」
その隣では、副総督の装束を身につけたユーフェミアが俯いている。
「枢木は既にユーフェミアの騎士を解任されている。だから、私達でもこの命令に意義を告げる事は出来ないんだ。今、特派を通してシュナイゼル兄上に真意を確認して頂いているが……話して貰えるかどうか。」
「…ルルーシュ……。」
スザクの隣で顔色を亡くし立ち尽くしているルルーシュに、ユーフェミアが気遣う声を掛けるが。
その声すら、ルルーシュには届いていないのだろう。ギュウとスザクの掌を握り締め、蒼白な顔色のまま唇を噛み締めている。
「枢木。」
コーネリアの呼びかけに、スザクはハッと意識を戻し前を見つめた。
「ハイ!」
総督を前に、膝をつけることすら忘れてスザクは何かを言い難そうにしているコーネリアをジッと見つめた。その瞳が、酷く哀しげな色を映している。
「この度の命令の真意はまだ判らないが……、私たちの…私とユフィの意見は一致している。ユフィが行政特区を立ち上げたのは、ルルーシュとナナリーの為だ。ただ、それだけなんだ……。」
「判っております、コーネリア総督。」
繋がれた掌が、僅かに震えているのを感じながら。スザクはそれでも隣に立つルルーシュを安心させようとギュウと握り返した。
「だから……、すまない。これはとても酷な事を言うが……お前には、命令に従い本国へ向かって欲しい。ルルーシュとナナリーの生存を隠す為、にも。」
その言葉に。
息を呑んだスザクとは対照に、声を荒らげたのはルルーシュだった。
「姉上!!」
何を言うのか、と瞳が物語っている。涙が滲むその瞳に、コーネリアですら意思が揺らぐ。ユーフェミアは何も言えずただ俯いたまま、握り締めた両手が震えているのが傍から見てもよく判った。
「俺達からまたスザクを奪うおつもりですか!!」
「ルルーシュ…。」
許せないと叫ぶルルーシュの手を引き、止めたのはスザクだった。
「スザク!!」
「総督のおっしゃる通りだよ。それが一番、君達を守る術なんだ……。」
「…っなら、お前は俺とナナリーから離れると言うのか!? 三人で誓ったじゃないか!もう離れないと…何があっても三人一緒だって、誓ったじゃないか!!」
スザクの肩を両手で掴み、ルルーシュは縋る様に言い募る。
「うん…、もう何があっても君達の傍を離れないと誓った。君達を護ると、何があっても僕が護るって誓った。この気持ちに嘘偽りはないよ。」
今でも強く強く、そう思ってる。
そう呟くスザクに、ルルーシュはただ瞳を瞠り見つめたままだ。
静かな静寂を打ち消す様に、扉をノックする音が響く。
「…入れ。」
コーネリアの声に、開かれた扉から室内に姿を現したのはロイドとセシルだった。
「どうだった?」
その声に、セシルは一礼してから俯いたまま声を発した。
「直接、総督ご本人にお話するとの事です。今から15分後にシュナイゼル殿下からコーネリア総督に通信が入る手筈となっております。私たち二人も、同席するようにとのご命令を頂きました。」
「スザク君本人も必ず同席するようにと、おっしゃっていましたよぉ。」
揃っているのなら丁度良いですねぇ、と。ロイドは常の軽い調子で呟くが、その表情は決して茶化しているわけではなかった。それが判っているからか、スザクはルルーシュの掌を離すことなく、セシルへと身体を向けた。
「セシルさん、頼みたいことがあるんです。」
「…スザク君?」
「ナナリーを…、連れてきて欲しいんです。」
「!!」
スザクの言葉に、ルルーシュが息を呑む。
「…ルルーシュ、二人で聞いて欲しいんだ。」
もう、二人に嘘は吐きたくないから。
そう小さく呟くスザクに、ルルーシュは驚愕の瞳を向けるが。それだけで、意義を唱えることはしなかった。それを了承ととり、セシルは部屋を出て行く。
数分後、困惑した様子のナナリーを連れてセシルは戻ってきた。簡単な説明は聞いたのか、ナナリーは戸惑いの表情を浮かべているが落ち着いている。
その様子に安堵して、スザクは目の前に連れられたナナリーへと膝をついた。
「ナナリー、大切な話があるんだ。」
「……スザクさん、セシルさんが…スザクさんに本国から勅令が来たって教えて下さいました。どんな、ご命令なんですか?」
小さく震えている掌をそっと握り締めて、スザクは落ち着かせるように摩った。
「もう時間がないんだ、これから一緒にその説明を聞いて欲しい。勿論、ルルーシュとナナリーはモニターから離れているんだ。君達の姿を晒す訳にはいかないから。」
いいね、と。優しく囁いてスザクはナナリーの車椅子をモニターの死角へと移動させる。
「ルルーシュ、君も。」
そうしてから振り向き、いまだ立ち尽くしているルルーシュへと声をかければ、漸くルルーシュは顔を上げた。未だその表情は青白くて、彼が受けたショックを物語っている。
ゆっくりと近寄って来るのを目で追えば、ルルーシュは車椅子の足元に膝をついてナナリーの手を取った。
それを見届けて、モニターの前へと移動しようと背を翻した時。クイと袖を引かれる。
「スザクさん…、あのっ、あの…」
落ち着いているように見えるが、内心は不安で仕方が無いのだろう。それを感じ取って、スザクは震えるナナリーの指先を取り、ギュウと握り締めた。
そして腰を折り、ナナリーの閉ざされた瞳をジッと見つめながら囁く。
「ナナリー、僕はね。七年前、君達を黙って見送ってしまった事を今でも後悔している。君達と離れる事を受け入れてしまった事を、死ぬほど後悔してるんだ。あの時、どうして出来ないと知っていても、離れたくないと、一緒に居たいと言えなかったんだろう。無理だって、君達を不幸にするって判ってても言えば良かったって…ずっと思っていた。言っても離れ離れになる運命が変わらなかったとしても、僕は…僕が手を離すべきじゃなかったって。今でも、こうして一緒に居られるようになった今でも、僕は思ってる。」
「…スザクさん…。」
優しく握られた掌を、ナナリーも力を込めて握り返す。
「だからもう……後悔したくないんだ。」
矛盾してると思うかもしれないけれど。
「後悔はしたくない。ルルーシュとナナリーにもう嘘は吐きたくない。だからここで、僕が決める事を聞いていて欲しい。怒ってもいいから、僕の素直な気持ちを聞いていて?」
お願い、と。小さく囁かれた声に篭るスザクの想いに。ナナリーはキュっと唇を噛み締めた。
「…わかりました、スザクさん。」
お兄様、と。ナナリーはルルーシュと繋いだ掌に力を込める。間髪居れずに握り返された力に、ホゥと小さく吐息を吐くのをスザクは見届けてナナリーの掌をそっと離した。
「ルルーシュ、声を出してはいけないからね?」
背を正し、車椅子の隣に膝をついているルルーシュにそうスザクは囁いた。
きっと、内容如何ではルルーシュが口を出してしまう事を考慮してだ。
「お願いだから、黙って聞いていて。僕は…僕も総督もユフィも、君達を護りたいんだ。護るために此処にいるんだよ。」
だからお願いだから。そう繰り返し呟いて、スザクはコーネリア達のいるモニターの前へと踵を返した。
その背中を、ジッと二人が見つめているのに気が付いていて、それでも。振り返る事は意味がないからと、ルルーシュとナナリーを見つめたい気持ちに蓋をした。
前を向けば、意味深に笑うロイドと視線が合って苦笑する。
その隣でセシルは悲痛気に瞳を伏せ、ユフィに至っては顔をうつむけたままだ。
コーネリアがシュナイゼルの副官とやり取りしているのを聞きながら、頭を下げて事の成り行きを待つ。
それは、断罪を待つ心境に似ているのかもしれないと朧気に思ったのだけれども。
『……後ろに居るのは、枢木君かい?』
第一声はとても静かに優しく総督室に響く。
距離を置いている筈のルルーシュの、息を呑む気配が伝わってきた。
『ずいぶんと久しぶりだね、枢木スザク君。ロイドから聞いてはいたが、直に見るとその成長が良く判る。前に逢ったのはまだ君が少年の頃だった。』
頭を上げてくれるかい、と。不似合いな優しい声が響く。その言葉に、下げていた頭を上げてスザクはモニターに視線を向けた。
コーネリアが身を寄せ、モニター越しにシュナイゼルとスザクが向き合う様に移動する。
「…お久しぶりです、シュナイゼル殿下。終戦の折りにお逢いして以来です。直接のご挨拶が遅れましたが、特派への移動人事の件、有難く思っております。」
『堅くなる必要はないよ、それよりもこの度の君に対する皇帝陛下の勅命の件だったね?』
そう言ってから、シュナイゼルは少しだけ視線を外した。
『…ユフィ、どうしてそんな顔をしているんだい?君の騎士を解任されたとは言え、彼にとってこれはとても有意義な命令だと思う。』
声をかけられたユーフェミアは、その言葉に肩を揺らして顔を上げた。
『もしかして、彼に不利な内容だと思っていたのかな?それだけは私が保証するよ、彼にとって何の不利益になる事はない。』
名誉ブリタニア人である彼にとって、まして本国にとって。これは初めての事だから、と。
前置きしてからシュナイゼルはにこやかに笑った。
「…シュナイゼルお兄様…。」
ユフィの声に、シュナイゼルは悠然と微笑んだ。
『誇りに思うよ。君がユーフェミアの騎士であった事、そして特派の造り上げたランスロットの専属パイロットであること。私は本当に、君の事を誇らしく思う。』
その言い回しに、一同は一抹の不安を抱いた。それは主に、ルルーシュとナナリーの事に関してだ。
何か、とても嫌な感じがすると。
ルルーシュは声を出さないようにと唇を噛み締めて、シュナイゼルの言葉を聴いている。
その予感が、直感に変わるのに時間は掛からなかった。
『おめでとう、枢木スザク君。この度、皇帝陛下から君をナイトオブラウンズに任命するとの詔勅が下った。』
ナイトオブラウンズ。
その言葉に、ヒュウと細く息を呑んでユーフェミアは両手で顔を覆った。
「…あ、兄上。それは……本当ですか?」
コーネリアの声に、シュナイゼルはうん?と首を僅かに傾げる。
『カノンがベアトリスに確認を取ったよ。近いうちに…今日にも彼女直々に君に伝えに行くと。些か急いている感が否めないが、それでもこれはとても名誉なことだ。』
おめでとうと、にこやかに笑うシュナイゼルに誰もが言葉を返せない。
『それによって、特派にも皇帝陛下から彼直属の部隊へ配置換えの命令が出るだろう。…君が私の元から居なくなるのは寂しいものだね、ロイド。』
「…全く思わない癖にそう言うのやめて下さいよ、殿下ぁ。」
相変わらずヘラヘラと相好を崩したままロイドが軽口を叩く。それで漸く、一同は意識をシュナイゼルへと戻した。
「別に僕は上司が誰に代わっても気にしませんよぉ〜。可愛い可愛いランスロットの研究が続けられれば何処へでも。」
『変わらないねぇ君は。』
「今更デショ。」
『確かに。君が変わるだなんて天変地異が起ころうと有り得ないね。』
笑い声を交えながら遣り取りされる言葉に意味は無いのだろう。シュナイゼルの視線はロイドを向いていながら、それでもスザクを視界に捕らえている。それをロイドも判っているのだろう。
『……浮かない顔だねスザク君。何か気懸かりでもあるのかな?』
シュナイゼルの言葉に、スザクは俯いた顔を上げる。
「いえ……。」
『構わないよ、聞きたいことがあるのならば言うといい。話を聞く位なら私にも出来るからね。』
どうしたんだい、と。気さくに話しかけてくるシュナイゼルに、スザクは少しだけ逡巡するようにロイドへと視線を向けた。その先でロイドが問題ないと言いたげに頷く。
「あの…自分はナンバーズです。なのにどうして、帝国騎士の仲間入りだなんて……。」
『それは偏に君の戦績によるものだよ。唯一の第七世代ナイトメアを操り、戦果をあげた功績だ。謙る必要はない。』
「シュナイゼル殿下、自分は特区に参加しています。一人の、日本人として。そんな考えを持つ人間が、帝国の…最強を謳う騎士の一人に挙げられるなど……。」
どうしてなのか。それがスザクが一番に思う疑問だ。差別を国是としているブリタニアが、ナンバーズであるスザクをラウンズに推す事自体が可笑しい。
そしてその命令を行ったのが皇帝だと言うのだ、訝しがらずに居られるだろうか。
何処からかルルーシュとナナリーの存在が漏れたのか。そう考えても仕方ないだろう。
だからスザクは、その真意を確認したかったのだ。
けれど。
『…確かにそれはそうだね。けれど、陛下が命令を下したというのも確かな事だよ。どうしても気になるというのであれば、それは君が直接陛下にお伺いするべきではないのかな?』
シュナイゼルはそう、静かに諭してくる。
スザクは静かに瞳を伏せた。
聞きたい事や言いたい事なら沢山ある。けれどそれも、二人の存在を隠した上で行わなければならない為、スザクには荷が重すぎる。
だから今、自分がしなければならない事をスザクは考えた。
初めからそれは、ひとつきりしかなかったのだけれど。
「…分かりました、シュナイゼル殿下。お手数をおかけして申し訳ありませんでした。」
頭を下げてそう呟いたのは、もうそれしか口に乗せられなかったから。
選択肢は一つ限り。ならそれを肯定するしか術はない。
『詳しい事はベアトリスから直接説明があるだろうから、彼女から聞くといい。…本国で会える事を楽しみにしているよ、スザク君。』
にこやかな笑みを浮かべているシュナイゼルを、頭を伏せたまま視線のみで窺うが何も読み取れない。
本当に言葉通りに受け取っていいのかを悩むが、それを今考えている場合ではないと、唇を噛み締める。
二人が小さく息を呑んだのが、気配から伝わってきてスザクを苛めた。
靴を履いて立ち上がると、スザクはゆっくりと周囲を見渡した。
3人で暮らす為に手に入れた家だ。設計に五月蝿かったルルーシュの希望通りに建てる事が出来て、入居した日の事などは忘れられない。
親しい人達を呼んでパーティーをして、夜は3人でナナリーの部屋で眠った。
繋いだ掌を、離す事はもうないのだと。そう3人で確認して笑いあったばかりだったと言うのに。
結局その手を離してしまうのは、自分なのだろうかとスザクはぼんやりと考えていた。
「……スザク。」
「スザクさん…」
玄関の三和土に立つスザクと、玄関フロアに存在する二人の姿。目に見えない線が引かれているのが、酷く辛かった。
此処で離れるのだ。
二人が見送りに出ることは出来ない。昨夜の内に既に別れは済ませていた。
ナナリーが焼いたガトーショコラを食べながら、3人で泣いた。離れる事にではない、それに抗う事が出来ない事に対してだ。
スザクは一貫して本国に行くことを譲らなかった。それが誰の為になのか、判っているからこそルルーシュは最終的に口を噤んでしまった。
昔、離れたくないと抗わなかったからこそ、自分達の未来は変わってしまった。七年前の結果が齎した擦れ違いが身にしみていながら、そう出来ない事を受け入れる事は酷く苦痛だ。
また同じことになったらどうするのか、と呟くルルーシュを諌めたのはナナリーだった。同じような状況でも、自分たちの心は違うのだと。あの頃の様に翻弄されるだけの子供ではない、どうにもならない状況になった時は、また違う未来を選び取るだけの行動を起こせる筈だと。
涙ながらに話すナナリーの姿に、差し伸べられた掌に。スザクもルルーシュも指を絡めて、額を合わせた。
必ず戻ってくるから、とスザクが呟けば握られた掌に力が込められる。空いた掌を隣に差し伸べれば、間髪いれずルルーシュの掌が合わされた。
掌と額とで交わされる体温に酷く安心すると同時に刹那さが込み上げて、結局そのまま3人で声を上げて泣き続けた。
だから3人供、赤く腫れた瞼で佇んでいる。
玄関のチャイムが鳴り、扉に影が映る。ロイドとセシルが迎えに来たのだと判って、スザクは扉を開けた。
一番に目に入ったのはセシルで、彼女もまた悲痛気に表情を歪めたままだった。ロイドも、何も言わずに佇んでいる。スザクの後ろで、愁傷した姿を隠しもしないルルーシュとナナリーを見て僅かに視線を泳がせたのが判った。
二人の手を煩わせる訳にもいかないだろうと、スザクは小さく呼吸を整える。
「……行ってきます。」
二人とも。
そう告げるスザクの顔には笑みが貼り付けられていたが、それが無理をして浮かべているのだというのは誰の目にも明らかだった。
そんな表情をさせている自責が、ルルーシュの表情をも歪ませた。
それを知って尚、スザクは笑みを浮かべる。それが今出来る、精一杯だとでも言いたげに。
背中を向けたスザクには、途端に涙を溢した二人の表情は見えなかった。
それを目の当たりにしたセシルとロイドは、けれど決してそのことをスザクには告げられず。
黙して語らず、口を噤んでいたという。
2009/06/01
こんな感じでスザクさんは本国に行きました。ラウンズになって戻って来ますので、ラウンズスザクさんがいると二期ベースでのお話になります。
いや、一期ベースのお話も書き続けますけども。
シリアスなのはこのお話だけになるかな…?こんなにもシリアスになると思いませんでした、つうか再会話はかなりのギャグになりますヨ〜。