毀れた言霊
「スザクさん。」
小さな声が名前を呼ぶ。
少しの距離を置いて向かい合う先には、盲目の少女が車椅子に腰掛けていた。
政庁に誂えられた一室。部屋の中に招き入れられてから、暫くの間無言を通した少女は。漸く顔を上げて、真っ直ぐに閉ざされたままの瞳を向けてくる。
「スザクさん。」
返事がないのにも関わらず、少女は名前を呼ぶ。
気配を読むことに長けているその表情は、真正面から的確に相手の位置を把握していた。
「……貴方は今、笑っていますか?」
遠慮がちに呟いて、少女は見えぬ瞳を凝らそうとするかの様に眦に力を込めた。
閉ざされたままの瞼。けれどその下には、見たことはないけれど確実に。あの紫の瞳に酷似した色があるのだろうと、考えて。真っ直ぐに向けられるその視線に僅かに恐怖する。
「………」
その問いに、答えられることがあるだろうか。
「八年前、『日本』で初めて会った貴方は…『道着』というものを着ていて、笑っていました。いつも、武術の訓練の合間に私達の所へ来てくれましたね。」
態とだろう。失われた祖国の名前を出して、少女は昔を思い出しているのだろう、表情を僅かに綻ばせた。
「そして、一年前。再会した貴方は、学園の制服を着て笑っていた…。あの頃、既に軍隊に所属していたのに貴方は、一度も私達の前に軍服で現れる事はありませんでした。」
その言葉に。
アッシュフォードと云う名の檻の中で、ひっそりと身を寄せ合い暮らしていた二人の姿を思い出す。
思い出す度に、胸に痛みともつかないヒリ付く様な感覚が襲う。
過ぎ去った時間は、姿を変えて心までも変えてしまっていた。けれどこの少女の。直向きな思いだけは変わっていない様に思えて。
礼儀とばかりに貼り付けられた笑顔が、僅かだけ崩れる。
「……では、今、は?」
凛とした声が辺りに響く。
「スザクさん。今……騎士として、ナイトオブラウンズとして。騎士服を身に纏う今の貴方は…笑ってくれていますか?」
笑っているよ、と。
言葉にしなくても、僅かな表情の変化も機敏に感じ取る彼女のことだ、伝わっているだろう。
けれど、目の前の少女は。
驚いたように眉根を上げてから、僅かに顔を顰めた。
ゆっくりと、少女は両腕を持ち上げて目の前に差し出してきた。何がしたいのかを悟って、数歩離れただけの距離を近寄り、少女の足元に跪く。
膝をつけば丁度、彼女の細い指先に頬が触れて。触れさせる為に身を乗り出し少女の掌を包むと顔へと導いた。
ふわりと細く儚い、ヒンヤリと冷たい指先が、おそるおそる皮膚を辿り。
表情を確かめようと、眼を鼻を唇を辿っていく。
笑っている筈だ。
例えこの瞳が凍えていようと、口角を上げ瞼を伏せがちにすれば、笑っている顔など幾らでも作れる。
けれどやはり、少女は顔を顰めたまま。
「………嘘つき。」
ポツリと、小さく呟いた。
頬を流れた涙が零れ落ちて、その身に纏う皇女としての衣装に染みていく。
その言葉にも。
部屋に入り名乗って以来、言葉を発することが出来ず。
ただ、微かに震えながらそれでも離れる事の無い暖かな掌に包まれたまま。
歪んだ表情は、彼女に伝わってしまったのだろう。
2008/05/25
人が変わったように無愛想になってるラウンズ枢木様が大好きです。萌えます。