騎士皇帝と特派家族。




















 目の前に差し出されたものを律儀に受け取り、口を付けた皇帝は次の瞬間に何も言わずに動きを止めてしまった(口は動いて律儀にもゆっくりと咀嚼している) 。
 手に持っている丼の中には、湯気を立てた緑色のお湯の中に刻み海苔だとか小さいおかきだとかと一緒にご飯が入っている。
 一目見れば『あぁ、お茶漬けか』と思うだろう。ルルーシュ自身、そう思って口を付けたのだから。


「セシル、これは。」


 口の中の物をゴクリと飲み込んでから、ルルーシュは目の前でお盆を手に持ちニコニコと朗らかに笑う部下になった女性を見つめた。


「はい、スザク君から聞いていた『お茶漬け』を作ってみたんです。」


 簡単に作れる市販の素が無かったので、お出汁とお茶とで、と笑う。
 なるほど、とルルーシュは頷いた。とりあえず出汁は必要だっただろうかと首を傾げてから。
 二人の向こう側では、顔を真っ青にさせたスザクとロイドが大きく口を開けてそれを見つめていた。


「緑色を出すのに抹茶の粉末を入れたのか?」

「いいえ、お茶は煎茶を使いました。あとは刻んだ海苔と、おかきも入っていると聞いたので細かくしてからトッピングしました。」

「そうか、道理で色の割には抹茶の味がしないと思った。」


 そう話を続けながらもルルーシュはスプーンで中身を掬いながら口元に運んでいる。律儀に何度も何度も咀嚼しながら。
 遠くで見守っていたスザクとロイドは、驚愕の眼差しでその姿を食い入るように見つめた。


「じゃあ、この緑色は?」

「あぁ、それは」


 セシルの満面の笑顔が怖い。
 スザクもロイドも、そっと二人に近づいてこの先に訪れる事態を想定しながらセシルの言葉を待った。


「ワサビです。」


 途端、スザクは噴出してしまう。


「……そうか。」


 ワサビの緑か。
 そう呟きながらも食べ続けるルルーシュに、スザクは過剰なほどの反応で走り寄った。


「るっ、ルルーシュ!!」


 蒼白な顔色で駆け寄ってきたスザクに、不思議そうな視線を向けてルルーシュは更にスプーンでお茶漬けとセシルが言った食べ物を口に運んだ。
 声にならない悲鳴を上げるスザクを他所に、ロイドは横から丼の中を覗いて顔を顰める。


「…セシル君、君どれだけ入れたの……?」


 うっぷ、とロイドは喉元から込み上げるものを辛うじて飲み込む。


「どうしたんだスザク?」


 心底不思議そうに顔を傾げるルルーシュに、スザクはなんと言っていいのかわからない。
 とりあえず謝っておいた方が言いのだろうか、とつらつらと考えて。とりあえず更に食べようとするルルーシュの手を掴んで止めた。
 しかし思ったよりもワサビの匂いがしないのが気になる。ちらりと視線を向ければ、抹茶でも入れたのかと思えるほどの緑色に気分が一気に下降した。抵抗力のある自分達ならまだしも、コレを食べてしまったのはルルーシュだ。スザクはロイドと話をしていた為に、セシルがルルーシュに差し出した夜食に気がつかなかったのだ。


「ルルーシュ、君…大丈夫なの?」

「…不思議な味がする。昔食べたことのあるお茶漬けとは随分と違ってるな。」


 淡々と話す様子を見ても、そんなにダメージは無いのだろうかとスザクは首を傾げる。けれど謎、だ。
 こんなにも緑色をかもし出しているのに、匂いが少ない。そもそも緑と言うよりも白が混じっていないか?そこが引っかかった。
 ワサビと言っても種類があることを、そのときになって漸くスザクは思い出す。市販の手に入りやすい、チューブの練りワサビなら良い(本当はそれでもあんまり良くは無い)。けれど、匂いの少ない粉ワサビだとか、色々。色々とある。
 そこまで考えて、スザクはザァと血の気が引いた。
 まさか、まさかとは思うけれど。
 生ワサビをすり下ろして入れたのではなかろうか。


「ルルー…っっ」


 シュ、と名前を呼ぶつもりが。
 目の前のルルーシュの眼が、白目が急速に充血を始めたのを見つけてしまった。


「……ス、」


 ザクと続けようとしたルルーシュの声が途切れる。瞳は瞠られ、驚愕に唇を震わせている。ボロボロと大粒の涙が、真っ赤になった(白目が)瞳からこれでもかと零れ落ちた。


「…ぃきがれきな…っっ」


 鼻も心なしか赤くなっている。
 あぁ、きっと辛味成分からくる急激な刺激で口からも鼻からも息が出来なくて呂律が回っていないのだろうなと、スザクはその刺激を思い出して背筋を震わせた。


「ルルーシュゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」


 しっかりして、と涙ながらに叫ぶスザクの声も、ルルーシュには届かなかった。
 直ぐに昏倒してしまったからだ。


「……えぇ、これ一本丸々入れたの?」


 ロイドの目の前には、セシルの手の中に納まりきらない長さの生ワサビ。
 風のような速度でルルーシュを抱え上げて走り去るスザクの後姿を、ロイドは複雑な表情で見送った。


「どうしたのかしら、スザク君?」


 のんきなセシルの声に、何といって良いのかロイドは顔を横向かせる。








 皇帝陛下が復活するまでに、三日かかったと言います。







2009/03/21

この人たちの組み合わせ、大好きです。特派プラス嫁。