『お兄様』


 鈴の様に涼やかに、甘い声が響く。


『スザクさん』


 囁く様な、慈しみの声が耳に届く。


 それがもう、何処から聞こえて来ているのかも判らないで暗闇を彷徨っているのは、慣れてしまった事だ。
 これが夢だと、わかっているから。












 パチリと目を開ければ、隣で身じろぐ気配があった。


「……ナナリーの夢を見た。」


 そう呟く声が聞こえ、腕を突いて半身を支える。差し込む月明かりに黒髪が照らされていて、僅かな灯りでも慣れてしまった目には、その姿はハッキリと認識することが出来た。


「…名前を呼ばれたよ。」

「あぁ、いつものように。」


 いつものように。
 いつでも彼女は呼びかけてくれていた。
 その声が、今では遠い。


「…どうする?」


 そう声をかければ、暫くそのまま身動きせずに窓の外を眺めていた彼が、ゆっくりと振り返る。
 狭い寝台の上で、重なる様に横になるのが習慣になったのは、離れた距離が不安だからだ。


「探すさ。」


 答えは判り切っていた。
 その言葉がその口から出るのを、何時だって待っている気がする。
 先に起きだし寝台から出れば、追いかけるように彼もまた置きだし身支度を始める。



 脳裏に浮かぶのは、柔らかな声。
 何時だって優しく甘く呼びかける、今は遠いその声。



 衣服を整え、荷物の準備を終えれば後は。



「…行こう、スザク。」

「あぁ、ルルーシュ。」



 名前を呼んで、ドアを開ける。暗闇から僅かに刺した月光が、辺りを照らしていた。
 仮初の寝床を後に、歩き始める。
 漆黒の闇と星の光だけが見つめるなか、2つの影が寄り添うように伸びていく。



 宵闇を彷徨い、かの優しい存在を求めて。
 放浪を続ける二人の耳にはいつだって、導くように優しい声が届けられる。




 だからその歩みを止めるわけにはいかないのだ。
 ただ1つの大切な存在を、捜し求める為に。























2008/08/19





何処までも何処までも。
あの優しい少女の面影を探してしまいます。
駄目だ、涙出てきた…。