ひとひらの欠片



















「何、コレ。」


　生徒会室に飾られた笹を見て、ジノは開口一番にそう呟いた。隣ではアーニャがパシリと携帯で写真を撮っている。


「会長が残してった七夕イベント用の笹。」


　書類とにらめっこしているルルーシュがそう告げれば、ヘェと物珍しそうにジノは笹の葉を突いた。


「ジノは知らないかぁ？　イレブンの伝統行事なんだってさ。」


　リヴァルが隣でそう声をかければ、ジノは首を傾げながら問いかけてくる。


「…何をするんだ？」

「短冊って、紙に願いごとを書いて笹に吊るすんだよ。」

「…どうして？」


　尚も疑問をぶつけてくるジノに、リヴァルは口ごもる。行為自体は知っていても意味は知らないからだ。


「その辺はスザクに聞け。」


　それを聞いていたルルーシュが助け舟を出す。ジノとアーニャの視線が、丁度生徒会室に入ってきたスザクに向けられた。


「……なに？」


　いきなり視線を向けられたスザクは、ルルーシュとリヴァルに問いかけるが。これ幸いとリヴァルはルルーシュの元へと戻り、スザクには好奇心に満ちた二人が向かう。
　それに嫌そうな表情を浮かべたスザクが見えて、ルルーシュとリヴァルは苦笑いするしか無かった。
　質問攻めにされるのだと判っているからこそ、二人の矛先をスザクに向けたのだ。
　リヴァルが気の毒そうに手を振るのをみて、スザクは溜息を吐いて二人の相手を始める。
　漸く開放されたスザクが二人の座っているテーブルへと向かってくる頃には、スザクの様子は幾分かゲンナリしていて、笑いながらリヴァルがその肩を叩いた。


「悪ぃな、スザク。」

「…本当にね。」


　うんざりしてると顔に書いて呟く様子に、ルルーシュは書類を机に打ち付けて整頓しながら呟く。


「説明できるのがお前しか居ないんだから、仕方ないだろう？」

「…それでも学校でまであの二人の世話はしたくないよ…。」


　そう嫌そうに話すスザクを尻目に。


「なぁルルーシュ先輩、これ少し分けて貰えないだろうか？」


　ジノが笑いながら声をかけてくる。見ればアーニャも笹の幹を握り締めていて。


「…どうしたの？」

「別に構わないが……。」


　対照的な反応をしたスザクとルルーシュを見ながら、リヴァルは四人の様子黙って伺う事にした。


「なぁスザク、これ貰って帰っても良いだろう？」

「だからどうして？」


　ため息交じりに呟くスザクの様子に気がつかないのか、ジノは上機嫌で続ける。


「アーニャも賛成したからさ！」

「だからどうしてなのか説明は！？」


　会話が成り立っていないのに気がつかないで話を進めようとするジノに、苛立ち紛れにスザクが声を少しだけ張り上げている。しかし、それでも気がつかない様子に、気の毒そうに残った二人はスザクを見つめた。


「やっぱり楽しい事は大勢でやるのが良いし。」

「人の話聞いてる？」

「アーニャもどうしてもって言うし、もう貰うつもりでいるしなぁ。」


　いいだろう？と問いかけてくるジノに、スザクの笑顔はヒクついている。
　一体どういうつもりなのか、悟ることが出来ないスザクに。


「…もしかして、ナナリー総督に、か？」


　ルルーシュがポツリと呟いた。


「え……。」


　小さく声を漏らしたスザクに気がつかないのか、ルルーシュはガタリと立ち上がるとテーブルに置かれた箱の中をガサゴソとあさり始める。


「さすが先輩。兄弟がいる人って判りやすいのかな…？」


　なんでスザクは判らないんだ？と問いかけてくるジノに、ジロリとスザクは視線を投げる。


「ちゃんと説明しないのに判る訳ないだろ。」


　けれどその様子を見ていたリヴァルがルルーシュを見つめながら呟く。


「でもルルーシュは判ったよなぁ？」

「先輩はちゃんと判ってくれたのに。」

「スザクが鈍すぎ。」


　三人によって口々にそう言われ、スザクはカチンと来たのか顔を歪めた。
　その様子に気を取られる事無く、ルルーシュは箱の中から何枚かの短冊を選び出した。


「ホラ……コレも一緒に持っていけば良い。」


　差し出された短冊は、色とりどりのモノで。
　少女に似合いの淡い色が殆どだった。


「…コレ、ナナリー総督の為に？」


　スザクがそう呟いて短冊を手に取る。


「うん？　総督のイメージならこんな淡い色の方が良さそうだと思ったんだが……もしかして色の好みが違う、か？」


　なら、とルルーシュはスザクに向かって箱を差し出した。


「スザクならナナリー総督の好きな色とか知ってるんだろ？　お前が選んで持っていけ。」


　そう言って、ジノに向かって笹の切る位置を指示する。


「……いや、」


　僅かな間を置いてスザクが呟いた声に、ルルーシュは首をかしげた。


「どうした？」

「…この方が喜ぶよ、きっと。」


　その言い方に、ルルーシュは首を更に傾げる。


「…そうなのか？」

「あぁ、そうだよ。」


　そう言って、ルルーシュが差し出した短冊を、椅子に置いていた鞄の中へと仕舞った。そのまま、どう笹を切ろうかと楽しそうに話すリヴァルとジノの方へと歩いていく。
　その背中を見つめながら、ルルーシュは僅かに詰めていた息を吐いた。

　自然に出来ただろうかと、何度も自分の反応を反芻する。

　ナナリーの好きな色を含めた数枚を差し出したのに反応したスザクが、疑ってない訳がない。けれど、ナナリーと七夕をと言ってくれたジノの言葉が嬉しいのと同時に、どうしても逢う事の出来ない妹に何かをしたくて。
　敢えて疑問を持たせる様な行動をしてしまった。
　彼らが笹の前で話を続けているのを見てから、ルルーシュは視線を手元に落とす。

　思い出すのは、初めて日本で体験した七夕の思い出。
　スザクが笹を蔵の中に持ち込んで、ナナリーの折り紙を切り短冊を作って吊り下げた。
　三人で笑って願いをかけた、遠い日の思い出だ。
　もう、戻ってくる事のない願い事に。

　ルルーシュは無意識に手元にあった書類を握りしめる。
　俯いているルルーシュの様子を、横目でスザクが確認しているのに気がつかずに。





















　着替えもせずに政庁の執務室に入ると、少女は笑って迎え入れてくれた。


「…七夕、ですね？」

「そうです、ナナリー総督。今日学園で教えて貰ったんです。願い事を吊り下げておけば願いが叶うそうなので、折角ですからナナリー総督もと思いまして。」


　笹も譲ってもらいました、と。
　ジノは笑って、ナナリーの隣で笹を揺らす。その音に、嬉しそうにナナリーは笹へと手を差し出した。
　指先に触れる感触に、ナナリーは表情を綻ばせる。


「…ジノさんは何を書くんですか？」


　願い事、と。ナナリーがジノを見上げて問いかける。


「私ですか？　…私は、ナナリー総督がいつでも笑っていてくださるように、でしょうか。」

「まぁ…。」


　クスクスと笑う声が、嬉しそうに響くのを。ナナリーの前に立っているスザクは、少しだけ痛む胸を隠しながら見つめていた。


「アーニャさんは？」

「総督と一緒にいられるように。」


　ジノと反対隣から当たり前とばかりに呟くアーニャに、ナナリーもジノも楽しそうに笑う。
　その笑い声の中に、スザクは入ることが出来なかった。


「……スザクさんは？」


　真正面から見上げられて呟かれた声に、一瞬だけ息を詰める。
　気がついているのか、ナナリーは声色を変えることなく、それでも僅かに表情を曇らせて再度問いかけた。


「スザクさんは、何を願いますか？」


　差し伸べられた掌にそっと指先を絡めれば、ギュウと握り返されて。スザクは少しだけ瞳を伏せた。


「ナナリーは、」


　僅かに震える声に、しっかりしろと内心呟きながら声を絞り出す。


「ナナリーは…何を書くんだい？」


　無理やりに浮かべた笑みは、少女に見破られないだろうか。少しだけ祈りながら問いかければ、少女は僅かに首を傾げて。


「私ですか？」


　そうですね、と少しだけ考え込む様子をみせた。


「私の想いが叶うようにと……。それと、」


　そうして、悪戯を思いついた様に小さく笑ってから。


「皆さんが、怪我などしないように。」


　ニッコリと笑って告げる。


「アーニャさんが、これからも無事に任務を終える事が出来るますように。」


　そう言いながら、アーニャのほうに真っ直ぐに視線を向けて微笑んだ。


「ジノさんが、これからもずっと強く在られるように。」


　ジノを見上げ、同じく微笑みをもって言葉を紡ぐ。
　それから真っ直ぐに視線を戻して、スザクを見据える。微笑むその表情から、何処か泣きたくなるような優しさを感じ取って、スザクは僅かに眉根を寄せてしまった。


「…スザクさんが、もう魘されずに済むように。」


　力強く繋いだ掌を握り締められて。
　何かを悟ってしまう少女の精神に、スザクは一瞬だけ瞳を閉じてしまった。
　僅かに歪んだ視線の先で、少女は変わらず微笑んでいる。

　そっと伸ばされた指先が、目の下をなぞっていく。隈が出来ているのだろう場所に指を這わせながら、仕方ないとでも言いそうに笑う、その笑顔に一人の顔が重なった。
　うなされた時は誰かを起こせと言っていたなと、不意に思い出す。アレはきっと夜中であろうと起こして良いからと、遠回りな彼なりの優しさだったのだ。

　今更になって、そんな事を思い出すなんて。


「…欲張りですよね、何枚も。」


　黙りこんだスザクに指先を沿わせながらも、ナナリーはそう呟いて苦笑した。


「いいえ、何枚でも良いみたいですよ。それに四人だけでは、飾りにしては数が足りない。」


　この際何枚でも書いて飾りましょう、と。ジノがナナリーの空いている掌に短冊を差し出す。


「じゃあ、私ももっと書く。ナナリー総督が逢いたい人と会えますように。」


　アーニャがそう言いながら、手にしていた短冊に書き込んでいく。


「じゃあ私も。ナナリー総督が自由に外出できますように。」


　ミス・ローマイヤが居る限りは難しいよなぁ、と。呟くジノに、アーニャもコクリと頷いていた。
　車椅子は私が押しますからね、と笑うジノにナナリーは嬉しそうに笑っている。
　その様子を眺めながら、スザクは本来少女の隣に居なくてはならない人物の不在に嘆く胸の内を、必死になって押し留める。

　これは、当然の結果なのだと。
　そう思えば思うほど、眉間の皺が深く刻まれる事に気がつかずに。

　少女の膝に乗せられた色とりどりの短冊。それは放課後、彼がこの少女の為だけに選んだものだ。
　何かに気がついているのだろうか、ナナリーはジノやアーニャから手渡された短冊ではなく、この膝に乗せられた短冊を選んで、支える二人の手を借りてペンを走らせている。

　薄い淡い色合いの紙。
　その中の一枚を、スザクは手に取った。


「ナナリー…、コレにも書いてくれるかな？」


　そっと頬に添えられたままの掌にそっと触れると、その掌に短冊を触れさせた。


「…どうせなら、生徒会の笹にも飾ろうと思って。きっと、喜んでくれると思うんだ…。」


　スザクの声に、ナナリーはジッと視線を向ける。


「スザクの言うとおりですよ、総督。皆、喜んで飾って下さいます。」

「…総督の分の短冊、副会長が選んだモノなの。」


　弟がいるから、良く気が付く人。そう言うアーニャに、ナナリーは少しだけ哀しそうに眉を下げた。


「ナナリー総督が好きそうな色ばかり、選んでる。ミントグリーンに、ピーチ、アイスブルー、ラベンダー、ローズピンク…もっと一杯ある。きっと、総督が楽しんで願い事を書くの、想像して選んでくれたと思う。」


　優しい人だから、きっと。
　そう呟いてアーニャもスザクが差し出した短冊を握らせている掌にそっと指先を触れさせた。


「願い事、書いて持っていけば喜んでくれる。だからコレも書いて？」


　此処だけじゃなくて、もっと大勢の願い事の中にも飾れば願いは叶うかもしれない。
　殊更進めるアーニャに、スザクはその意図を測りかねるが。それでも。
　持って行けば、彼は何かを感じてくれるのではないだろうかと。
　ただそれだけを思って、ナナリーへと短冊を差し出す。


「……じゃあ、」


　漸く声を発した少女は、薄らと微笑みを浮かべて。スザクへと身を乗り出してその耳元へと静かに囁いた。


「学園の分は、中身は見ないで下さいね？　このお願いは、誰にも内緒です。」


　それでも良いですか？
　そう、笑って話す少女に。スザクも笑みを浮かべる。


「では、その短冊は封筒に入れてスザクに責任を持って届けて貰いましょう。」


　それで良いですよね？と楽しそうに笑うジノに、ナナリーも顔を上げて楽しそうに頷いている。


「…それじゃあ、皆さん少しだけ離れて下さい。今、書いてしまいますから。そうしたら、此処の分を皆さんで書いてしまいましょう？」

「イエス、ユアハイネス。」


　恭しくジノが腰を曲げて頭を下げる。カツカツと足音を鳴らして二人は少女の車椅子から離れ、ソファにまで下がった。
　少女の元にはスザクだけが未だ跪いたまま。


「…スザクさん？」

「……ごめん、ナナリー。此処にいても良いかな…？　決して中身は見ないから。」


　そう言って、少女の膝に頭を乗せてしまう。


「良いですよ、スザクさん。中身を見ないと約束して下さいね？」


　学園で吊るしてからなら、見ても良いですから。
　そう言って少女は左手で短冊の形を確認しながら、右手ゆっくりと文字を書き入れていく。見えない瞳で少女はとても流暢に文字を綴っていく。訓練したのだと、再開した頃に誇らしげに教えて貰ったのは記憶に新しい。
　彼と一緒に練習したのだと、そうわかっていて。少女の綴る手元を見つめて、スザクはその行為にも彼の姿を想った。


「…スザクさん、お礼を…。私の分の短冊を選んで下さった、副会長さんに。お礼を仰って頂いても宜しいですか…？」

「うん、何て言うか決めたかい？」

「ありがとうございます、と。可愛らしい色を選んで下さって嬉しいと、伝えて下さい。」

「うん…、必ず伝えるよ。」


　手にしたクリップボードの上で丁寧に書いている様子を見上げながら、スザクはそう答える。
　書き終わったのを感じ、声をかけられる前に執務机に封筒を取りに歩いていく。

　スザクが離れた瞬間に、ナナリーが寂しそうな表情を浮かべたのを、ソファに座って待っていた二人は見ていた。そして、封筒を手に戻るスザクの表情が、何の感情も浮かべていない事も。


「ハイ、ナナリー。」


　封筒を少女の掌に乗せながら。
　この少女の願い事を載せた短冊を、彼に手渡したその時。
　彼はどんな表情を浮かべるのだろうか、と。スザクはボンヤリと考える。

　自分で少女に強請っておきながら。ただ彼に、少しでも少女の面影を与えてやりたいだけだった筈なのに。

　それでもきっと、この短冊は自分が彼を疑うための道具に成り下がってしまうのだと。









　相容れない自分の中の感情に、吐き気すら覚えた。

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七夕小説です。
ナナリもルルも小さい頃に体験しているので知ってる筈ですよね〜。
スザクが教えないはずないよね〜と想いました。
本当はもっと明るい話になる筈だったんですが…。どうしてもスザナナは暗めになりますね。

あぁ…このお話は日曜前に書いてたので、彼女がいないのは単なる偶然です。偶然だったのに…。











2008/07/07