《白い訪問者》









「ぅぬぅぅぅぅぅぅ……」


 透き通るような青空の下、ルルーシュは唸り声を上げていた。この場所に座り込んで三時間が経過している。


「ルルーシュ…唸っても仕方ないから。」


 隣に立ち尽くすスザクが、その姿を見下ろしながら苦笑ぎみに呟く。
 大陸移動の為に路線シャトルを利用したのは良いのだが。乗り継ぎとして着いた終点で、まさか交通が止まっているなどと思わないではないか。


「隣の国、内戦が勃発したみたいだよ。」


 そう、乗ってきたシャトルの運転手は言い放ち、二人を置いて来た道を戻って行った。行き先がないと分かっているならば、乗せて帰る位の気持ちは無いものか。去っていくシャトルの後姿を呆然と眺めて、ルルーシュは呆気に取られてしまった。


「だからと言って…何時までも此処にいる訳にもいかないだろうスザク。このままだと野宿決定だ…。」


 戦争と共に交通がストップするのは仕方ないとしても。そうと判っていて乗せてきたあの親父にも怒りが募る。スザクは人目が無いのを良いことに、フードを外して真正面からルルーシュと向き合った。


「ルルーシュに野宿なんてさせられないよ。」


 キュッと両手を握り締めて、スザクは心配そうに眉根を歪める。その姿に、ルルーシュはハァと溜息を漏らす事しか出来なかった。


「……こうなったら、ヒッチハイクしか手立ては無い、か…。」


 移送船でも捕まえて移動するしか手段はない。嫌そうに表情を歪めて、ルルーシュは呟くと荷物を解き始めた。


「ルルーシュ、何してるんだい?」

「ヒッチハイクと言ったら、一つしかないだろう。」


 トランクの中からルルーシュが取り出した物は。


「……ルルーシュ、何コレ…。」


 スザクの瞳が眇められた事に、ルルーシュは荷物を漁っているため気がつかない。
 目の前に取り出されたものは、色とりどりのヒラヒラレースや短いスカートの……どうみても衣装としか形容の付かない、云わば女物の服で。


「とりあえず、もしもの時の手段として考えていたものだ。実際、ブリタニアを出る時に役立った。」

「ソレ、どの衣装を身に着けたのか後からジックリと聞かせてもらうからね…?」


 笑顔で凄むスザクの声が聞こえているのに、その事実に幸か不幸かルルーシュは気が付いていない。上の空で判ったと呟いて、道端に衣装を数着並べている。


「…ところでさ、もしかして君が着るつもりなの?」

「??俺が着ないでどうする?」


 問い掛けに、至極不思議そうにルルーシュが答えるとスザクは盛大に固まった。笑顔が痛いくらいで、ビシリとヒビが入っていることにルルーシュは気づかない。何処まで鈍感なんだと、スザクは頭が痛くなる思いだった。


「有り得ない、有り得ないよルルーシュ!!普通は僕らにやらせるだろう?どうしてマスターの君が率先してそんな事しちゃうんだよ!!」


 何の為に僕が居ると思ってるんだ、と。スザクは肩を揺さぶって力説する。


「…そ、そうなのか?」

「そうだよ!そうなの!!大人しく草陰に隠れてて!!」


 僕がやるから、とスザクはスーツの襟元に指をかける。それを見たルルーシュは、少しだけ眉根を寄せた。


「でも、スザク…。」

「良いから僕に任せてて。君にこんな格好、させられない。」


 襟を寛げるスザクに、そっとルルーシュの指先が伸ばされた。乱雑にマントを肌蹴させて行く様子に、ゆっくりとジャケットの合わせ目を解いていく。


「車が来たら『ハロー・ボンジュール、近くの街までオ・ネ・ガ・イ』って言うんだぞ。」

「…君のその知識を何処で仕入れたのか、今晩じっくり膝割って話し合うからね?」


 ジトリとスザクが瞳を眇めて呟いた時、地平線の向こうからエンジン音が響いてきた。同時に砂煙も見える。


「…トラックでも来たか?」


 ルルーシュがその方向を眺める隣で、スザクは顔を顰めると咄嗟にルルーシュの身体を抱きかかえた。


「逃げるよルルーシュ!!」


 聞こえてきたのは重イレーザーのタービン音。だとすれば、近づいてきているのはモーター・ドーリーでしかない。
 内戦が始まっているとはいえ、国境近くをモータードーリーが移動するとなると、傭兵の可能性が高い。ならば此方にはMHもない、下手に遭遇しないのが身の為だ。
 草むらの中に身体を埋めてルルーシュに覆いかぶさり、身体を伏せてやり過ごそうとするが。
 段々と姿を現した物体は、想像していたものとは少しだけ違った。


「……トレーラー?」


 小さく呟いたスザクの声に、ルルーシュは少しだけ顔を上げて前方を見やる。
 途端に、もの凄い音声が周囲に響いた。


『あはぁ〜、みぃつけたぁ〜!』


 妙に間延びする声が響いて、ルルーシュは驚きに眼を瞠り、スザクは嫌そうに眉根を寄せる。


『やぁっと見つけましたよぉ、ルルーシュ殿下ぁ〜。シュナイゼル殿下のご命令で参りました、ブリタニア帝国軍、開発局の者ですぅ。』


 幾ら人がいないとはいえ他国の国境近くの国道で、しかも国の名前を大音量で響かせるのは如何なものかと、ルルーシュは驚きから呆気に取られている。その上に覆いかぶさるスザクは、今にも舌打ちしそうに表情を歪めていた。
 目の前でスピードを緩めて止まった真っ白のトレーラーから視線を外さずにいると、入り口のドアが開き一人の人間が姿を現した。


「…ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下で在らせられますか?私たちはブリタニア帝国軍開発局、特別派遣嚮導技術部より参りました。」


 オレンジ色の軍服に身を包む女性が、そう身を晒して二人に語りかけてくる。


「お乗り下さい、お二人を探しておりました。」


 にっこりと優しそうな笑みを浮かべる女性は、何故かトレーラーに隠された方の腕で白い大きなものを捕まえていた。









2009/05/13




「何を考えてるんですか?いくら無人だって言っても此処は他国で、しかも隣では内戦も起こってて、そんなところでこんなトレーラーからブリタニアなんかの名前が出たら誰だって警戒しますよね?攻撃したくなっちゃいますよね?其処の所どう考えてるんですか、いい加減にしないとその眼鏡かち割りますよ?」
 握り締めた拳が宙に浮く。笑顔のままでそう言い切った女性は、グイと片手で白衣に覆われた身体を引きずり上げた。
 ちなみにすでに何発も発せられている為か、拳はホンノリ赤く染まっている。
「すみません、ごめんなさい、もうしませんっっ!!」
 襟首だけで身体を持ち上げられた男は、それだけを言うと両手で頭を覆った。
「…あの、ルルーシュが引いてるのでソレくらいにしてくれませんか。」
 トレーラーに乗った途端に起こった凶行に、ルルーシュは顔を青褪めさせてスザクの背中に身体を隠し、カタカタと震える身体を必死に諌めていたという。













特派家族の始まりです。


ちなみに。
膝割って→腹割って、が正しいです。
膝割ったら違う行為になっちゃうんですけど、スザクは判って言ってます。